ページの先頭です

正法寺の講堂・中門及び額(しょうぼうじのこうどう・なかもんおよびがく)

[2015年12月17日]

<市指定有形文化財 (建造物)>
   ・所在地  小西755
   ・所有者  正法寺
   ・年代    室町
   ・指定日  昭和47年5月1日

正法寺の講堂・中門及び額(しょうぼうじのこうどう・なかもんおよびがく)

正法寺の講堂・中門及び額(しょうぼうじのこうどう・なかもんおよびがく)

 長禄(ちょうろく)2年(1458年)、小西城主 原肥前守胤継(はらびぜんのかみたねつぐ)が、

 深く僧日意(にちい)上人に帰依(きえ)し、自分の居城を提供して寺としたのが始めと伝えられ、

 江戸時代には小西壇林(こにしだんりん)として、飯高壇林(匝瑳市)・中村壇林(多古町)と共に

 関東法華三壇林(かんとうほっけさんだんりん)と呼ばれた。

 講堂(本堂)は、将軍の鷹狩の宿舎「東金御殿」にあったものを、四代将軍 徳川 家綱が寄贈し、

 寛文(かんぶん)11年(1671年)に移築したもので、玄関と屋根に葵の紋があり、往時を偲ばせている。

 中門は、延宝(えんぽう)6年(1678年)徳川 家綱が黄金二百両を寄進し建立させたもので、

 中門にかけられた「妙高山」の扁額(へんがく)は、後西(ごさい)天皇(在位1654年~1663年)の

 皇女 理豊(宝)の宮の手によるものとされ、中央上段に菊の紋章がある。

組織内ジャンル

教育委員会 生涯学習課生涯学習班


正法寺の講堂・中門及び額(しょうぼうじのこうどう・なかもんおよびがく)への別ルート

Copyright (C) Oamishirasato City All Rights Reserved.